僕の中の神戸・・・

新長田の商店街・市場のまだ活気の残っていたころに幼少期を過ごした下町ッ子の僕がこどものころに感じた神戸市っていう範囲は・・・

西は須磨区の一の谷まで東は灘区の王子動物園まで(狭っ!)西区・垂水区・東灘区はもう僕の中では神戸ではありませんでした。
きっと僕らの地区の小学校の遠足の範囲だからでしょうかねぇ~?
六甲山を越えると、もうそこは日本海が広がっていると思っていました。(笑)
そして今でもまだまだその感覚は抜けていなくて、東灘区・王子動物園より東側の灘区なんて僕の中では西芦屋市ぐらいの勢いでハイソってかんじです。
西区・垂水区は東明石市って感じで漁業と農家で綺麗なかわいい家の立ち並ぶ振興住宅地って感じです・・・北区は元々兵庫区から分かれてできた区ですので未だに北区は兵庫区っていう感覚です。(おかしいでしょ?)
東西に長い市街を大体、縦に分割したような区割りになっている神戸市です。(北区だけはちょっと違いますね)
明治時代に神戸市が発足当時の市域は西の端が旧湊川(湊川公園から新開地にぬける縦ライン)東の端が旧生田川(今のフラワーロード)という範囲でした。嘘のようですが本当の話です、今でいう中央区と兵庫区の2区くらいでスタートだったんですね~。僕の中の神戸市よりももっともっと狭い地域が神戸市だったというわけです。
明治・大正の大阪の繁栄とともに港町として神戸市の人口や範囲が拡大していったということが言えます。

僕は長田区→灘区→兵庫区と移り住んでいます
(未だに僕の中の神戸からは出て住んだことがありません(笑))

コーベアーのグッズの販売に今か今かと胸が踊る1R-001でした!

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