今日は阪神淡路大震災から16年・・・

今日でもう16年にもなるんですね・・・

あの日の朝、私は生まれて初めての体験をし、方々から火柱が立ち上る街を逃げまどい、真っ暗な避難所で自分の家の方角が炎に包まれている光景に茫然としながら何度も大きく揺れる夜を過ごしました
次の日の朝、避難所から親戚を頼って神戸を離れますが、配給でいただいた各一家にひとつだけのカンパンはまだ大事にとってあります

あとで知ったことですが簡単に高速道路が倒れ、ビルが倒れ街が消え、人々が亡くなっていました

いろんな悲しいことや楽しいこと憤慨したこと悔しかったこと、あきらめたこといろいろありました・・・
ひとつ山を越えると別世界のような通常の風景、報道されることと現実の違い
自衛隊の方々の機動力に驚き感謝し水・ガス・電気・道路・電車のありがたさを知りました
がんばろう神戸と日本一になった卯木監督のオリックスブルーウェーブに励まされ
ルミナリエとマリーナ像に温かい光に感謝しました

会社では来れる人から既に仕事を始めていて、私は随分遅れて会社に行きました
後で聞いた話ですが、倉庫の中は壊滅状態で整理するだけで何日もかかったそうです
大阪から来ていた営業マンは三田から有馬を越えて10時間以上かけて1月後くらいに会社にやってきました
みんなで生きていたことを喜びあいましたが、神戸港もアクセスもありませんでしたので、半年以上輸入の商品も入荷しませんでしたので、仕事は大変でした
商品の納品は遅くても、東京の営業の人たちががんばってくれました、お得意さまに大変支えていただきました
その年のギフトショーにどうやって参加してたのか、今考えると思い出せません
1週間程高熱がつづいた中でギフトショー用のカタログの最終校正をしたように覚えています
会社も神戸から三木に移りました

毎日毎日が今日までとにかくがむしゃらな毎日だったと思います
簡単に街は無くなっても、いろんな悲しい事があっても、人には希望があり、支えてくださる人々が沢山いるということを知りました
私の記憶が震災前と震災後で違う人生のように感じるのも、生きた時間の濃密さの違いかも知れません

感謝を仕事にできれば良いな~と16年目の今朝に思いました
ありがとうございます
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ギフトショーでも神戸の雑貨メーカーであることを伝えていければと思います・・・

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